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東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)23号 判決

原告 丸勘次郎

被告 国・東京国税局長

主文

一、被告東京国税局長のなした別紙物件目録記載の建物に対する公売処分の取消しの訴えを却下する。

二、原告が、被告国に対し、金二二二万八、三四〇円を限度とする訴外株式会社茂原銀映の滞納に係る国税の第二次納税義務を負担しないことを確認する。

三、被告東京国税局長が、別紙物件目録記載の建物に対し、昭和四一年四月二六日付の差押書を以てなした差押処分、並びに同年九月一六日付の参加差押通知書を以てなした参加差押処分は、いずれも無効であることを確認する。

四、被告国は、別紙物件目録記載の建物について昭和四一年五月四日千葉法務局茂原出張所受付第二、二二九号を以て同被告のためになされた差押の登記、並びに昭和四一年九月二一日同法務局同出張所受付第五、六九八号を以て同被告のためになされた参加差押の登記の各抹消登記手続をしなければならない。

五、訴訟費用は、原告と被告国との間では全部被告国の負担とし、原告と被告東京国税局長との間では、これを二分し、その一を原告、その一を被告東京国税局長の各負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

(原告)

一、主文第二ないし第四項と同旨

二、被告東京国税局長が、昭和四二年二月一七日付の公売通知書を以て告示した別紙物件目録記載の建物に対する公売処分を取消す。

三、訴訟費用は被告らの負担とする。

旨の判決。

(被告国)

一、原告の各請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

旨の判決。

(被告東京国税局長)

一、主文第一項と同旨

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は原告の負担とする。

旨の判決。

第二請求原因

一、(一) 被告東京国税局長は、昭和四一年三月五日、原告が訴外株式会社茂原銀映(以下茂原銀映という)の滞納に係る国税の第二次納税義務を負う者として、原告に対し金二三六万三、〇〇〇円(昭和四一年八月一日付の裁決により内金一三万四、六六〇円が取消され、金二二二万八、三四〇円に減額)を限度とする納付の告知をした。

(二) 同被告の主張によれば、原告は、昭和四〇年二月一八日、すでに当時、国税(合計一六四万四、八七〇円)を滞納し、かつ、営業も極度に不振に陥つていた訴外茂原銀映から、同社所有の唯一の財産ともいうべき別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)を金一五〇万円という著しく低い額の対価で買受け、右建物の時価金三八六万三、〇〇〇円との差額金二三六万三、〇〇〇円(前記の裁決により金二二二万八、三四〇円に減額)を利得したので、国税徴収法三九条により右金二二二万八、三四〇円を限度とする第二次納税義務を負うというのである。

(三) しかしながら、右被告の原告に対する本件第二次納税義務に基づく納付の告知処分は以下のとおりの重大かつ明白な瑕疵があり、当然無効である。

(1)  原告は、昭和四〇年二月一八日本件建物を訴外茂原銀映(たゞし、本件建物の登記簿上の所有名義人は訴外山田徳義であつた)から買受けたが、代金は三五〇万円であり、右内金一五〇万円は現金で支払うこと、右内金二〇〇万円は、右茂原銀映が、訴外株式会社東京相互銀行(以下東京相互銀行という)に対し負担していた金二〇〇万円の債務(本件建物を根低当権の対象とした債務)を原告において引受けて支払い、右支払を以て売買代金に代えるという約定であつた。

そこで、原告は、右約定に従つて、その頃現金一五〇万円を訴外茂原銀映に支払い、その後、まもなく、訴外東京相互銀行に対し前記約定の金員二〇〇万円を支払い、以て本件建物の売買代金を完済した。

而して、本件建物について原告が訴外茂原銀映との間にとりきめ売買代金三五〇万円は時価相当の対価であつて、原告は、右売買契約により何らの利益をも得ていないのである。

(2)  同被告は、原告が前記のとおり、訴外東京相互銀行に支払つた金二〇〇万円は、訴外茂原銀映の同相互銀行に対する債務を立替えて支払つたにすぎず、原告は、訴外茂原銀映に対し、右立替金返還請求権を有すると主張するのであるが、抵当権等の負担付不動産の売買において、買主がその負担を引受けて支払い、その支払額を売買代金の一部支払に充当し、若しくは、それを売買代金の一部と相殺することは日常の取引において通常行われているところである。原告と訴外茂原銀映との本件建物についての取引も、右の通常行われているところのものと同じであつて、その売買代金が、原告が訴外茂原銀映に支払つた前記金二〇〇万円との合算額であることは、取引上明白なことといわざるを得ない。

しかるに、同被告が、この点を看過し、原告と訴外茂原銀映との間の本件建物についての売買価額を金一五〇万円と認定したうえ、原告に対し、前記の第二次納税義務に基づく納付の告知処分をしたのは、重大明白な事実誤認に基づくものであり、無効というべきである。

よつて、原告は、国税徴収法三九条所定の納税義務を負担するいわれはないから、被告国に対し金二二二万八、三四〇円を限度とする訴外茂原銀映の滞納に係る国税の第二次納税義務を負担しないことの確認を求める。

二、被告東京国税局長の原告に対する本件第二次納税義務に基づく納付の告知処分は、前記のとおり、納税義務のない者に対してなされたものであるから、重大明白な瑕疵があり、当然無効というべきである。

しかるに、同被告は、右納付の告知処分を有効であるとして、本件建物について昭和四一年四月二六日付を以て差押処分を、同年九月一六日付を以て参加差押処分をそれぞれなすと共に、さらに、右建物につき、昭和四一年五月四日、千葉法務局茂原出張所受付第二、二二九号をもつて差押登記を、昭和四一年九月二一日同法務局出張所受付五、六九八号をもつて参加差押の登記をそれぞれなした。

しかしながら、右各差押処分は、前記の無効な第二次納税義務の告知処分に基づくものであるからやはり無効といわなければならない。よつて、原告は、右被告に対し、同被告のなした前記差押処分及び参加差押処分がいずれも無効であることの確認、並びに、被告国に対し同被告が本件建物についてなした前記差押登記・及び参加差押登記の各抹消登記手続をなすことを求める。

三、さらに、被告東京国税局長は、差押財産である本件建物を公売に付するため、原告に対し昭和四二年二月一七日付を以て同月二八日右公売を実施する旨通知したが、右公売処分も無効な差押処分に後続する処分であるから有効となるいわれはない。

しかるに、原告は、右公売処分が実施されるときは、本件建物についての所有権を失うに至るばかりでなく、すでに支払つた買受代金の回収も不可能となり著しい損害を蒙るおそれがある。

よつて、原告は、被告東京国税局長に対し、同被告がなした昭和四二年二月一七日付の公売通知書を以て告知した本件建物に対する公売処分の取消しを求めるものである。

第三被告らの答弁及び主張

(公売処分取消しの訴えについて)

一(一)  原告は、被告東京国税局長のなした昭和四二年二月一七日付公売通知に対し訴願前置を経ていない。

また、当該公売通知書の公売期日は昭和四二年二月二八日であり、その期日は既に経過しているので、右公売通知書により公売されることはないから、いずれにしても右訴えは訴の利益を欠き、却下を免れないものである。

(二)(1)  すなわち、原告の訴旨は公売通知があつた以上、すでに差押物件を公売に付する意思決定が外部に表示されているのであるから、公売処分なる行政処分の取消しを求めるというにあるものと思われる。

しかしながら、公売処分とは公売期日に行われる入札又は競売の方法をもつてなされる具体的な処分である。右のような処分が行われていない限り、公売処分の取消しということはありえない。

(2)  公売の通知が行政処分かどうかについては検討の余地がある。旧国税徴収法のもとでは公売通知の規定はなく、行政上の取扱として行うに過ぎず、公売実施の要件となるものではなかつた。しかし、新国税徴収法では、滞納処分に関する不服申立てができる期限を公売期日等までに制限したこと(新法一七一条)等に関連し、滞納者及び利害関係人に事前に権利行使の機会を与えるため、この通知を法定したものである。

従つて、旧法下においては、公売通知によつて関係者に対し何ら法律上の効果を生ずるものではないから、抗告訴訟の対象にならないとされた(東京地裁昭和三三、九、四判決、行裁例集九巻九号一八六二頁、東京高裁昭和三四、四、八判決、同集一〇巻四号七二二頁参照)。

しかるに、公売の通知が、法律上要求され、公売公告とともに、指定の期日に於て滞納者等の財産の公売を決定すべき効果を生ずるものとすれば、公売通知は、行政処分であると解せられなくもないが(行政大正四、三、一〇日判決、大正四年九号行録二六輯一九三頁参照―公売公告は行政処分とするもの)、仮りに、そうだとしても、公売期日が経過すれば、当該公売公告、公売通知による財産の公売を決行すべき効果は失われたものであるから、もはや当該処分の取消しを求める利益はない。

(差押及び参加差押の各処分の無効確認の訴えについて)

原告は、納付限度額を二二二万八、三四〇円とする第二次納税義務者として被告東京国税局長がなした告知処分の無効事由と同一の事由をもつて、その後続処分である差押、参加差押の無効確認を求めているが、差押、参加差押の手続上等の瑕疵をもつて無効を主張するのであれば格別、そうでない以上、後続処分の無効確認を求める利益はない。

よつて、以上の各訴えはいずれも却下されるべきである。

(請求原因に対する答弁)

一(一)  請求原因第一項(一)(二)の事実は認める。

(二)  同第一項(三)の事実のうち、本件建物が、当初訴外茂原銀映の所有であり、原告がこれを昭和四〇年二月一八日右訴外会社から買受け、現在所有権を取得していることは認める。但し、買受け代金が三五〇万円であることは否認する。

訴外茂原銀映が、訴外株式会社東京相互銀行に対し、本件建物を根抵当物件として金二〇〇万円の債務を負担していることは認めるが、原告と訴外茂原銀映との間の本件建物についての売買契約において原告主張のような代金支払に関する約定の締結されたことは否認する。

原告が、訴外茂原銀映に金一五〇万円を支払つたことは認めるが、その余の金銭支払の事実は不知。

仮に、原告が訴外東京相互銀行に対し金二〇〇万円を支払つたとしても、これは、原告が訴外茂原銀映に立替えて支払つたもので、本件建物の売買代金の内払いではない。原告は、右立替払により訴外茂原銀映に対し、右立替金二〇〇万円の返還請求権を取得したにすぎない。

二、請求原因第二項の事実のうち、被告東京国税局長が、原告に対し、本件建物について差押及び参加差押処分をしたこと、並びに右差押及び参加差押の各登記を経たことは認めるが、その余の点は争う。

三、請求原因第三項の事実のうち、被告東京国税局長が、昭和四二年二月一七日付で本件建物を公売に付するため、原告に対し公売期日を同年四月二八日とする旨通知したことは認めるが、その余の事実は争う。

第四被告等の主張に対する原告の反論

(公売処分取消しの訴えについて)

一、原告が、公売処分の取消しの訴えについて不服審査の手続を経なかつたのは、国税通則法八七条但書四号、及び行政事件訴訟法八条二項所定の「処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる著しい損害を避けるため緊急の必要」があつたからである。

すなわち、原告は、本件建物を家具類の販売業を営む目的で、買受けたものであるが、本件建物は、その所在場所及び構造において、右営業用の建物としては、最適の条件を具えており、一度手放せば、再度入手することは困難であり、しかも右建物及びその敷地の賃借権を取得するために原告は、多額の資金と労力とを費したものであるから、公売処分によつて、本件建物の所有権を失うときは、回復し難い損害を受けるものである。一方、法の決定に従つて異議の申立をしても、その申立は、公売処分の執行を停止する効力がなく、そのまま公売が実施されてしまえば、原告において、前記のような損害を受けるだけで、異議申立の実効は全然なく、しかも、従前の経過に鑑みるときは、被告東京国税局長が原告の異議申立を却下することは必定であると思料されるので、異議申立をしないで、前記各法条の規定によつて、直ちに、本件取消しの訴えを提起した次第である。

二(一)  次に、公売処分取消しの訴えの利益について考えるに、被告東京国税局長の本件建物に対する公売処分は、原告に対する公売通知によつて、その存在することが明らかであつて、換価処分の執行が延期になつたからといつて、右公売処分自体が消滅するものではない。而して、本件公売処分が違法であることは、前記の主張のとおりであるから、右処分は、取消されなければならないものであり、しかも、右公売処分の存在すること自体が原告にとつて不利益となつているのであるから、原告は、その換価処分が延期となつても、依然として、その取消しを求める利益を有するものである。

(二)  この点につき、なお詳論するに、行政行為は、行政機関の為した一定の意思決定が外部に表示されることによつて成立するものであるから、外部に表示された行政機関の一定の意思決定が存在する限り、行政行為が存在するといわなければならない。而して、外部から認識し得る行政行為が存在する以上、それが取消し又は無効確認の対象となり得ることは、理論上、当然の事理であると考えられる。さらに、行政行為は、その執行によつて、その実施がなされるものではあるが(但し、形成的行政行為を除く)、その実施がなされなくとも、行政行為自体は存在し得るものであるから、その存在自体は、その執行行為の有無には関係がないといゝ得るものである。

ところで、国税の滞納処分における最終段階の処分たる公売処分は、税務機関の差押物件を公売に付する旨の意思決定に基づき、その執行行為として、その実施がなされるものであるから、その処分の基本となるものは、税務機関の差押物件を公売に付する旨の意思決定であつて、それが、外部に表示されれば、公売処分なる行政行為が成立するに至るわけである。従つて、外部から認識し得るような意思決定があれば、公売処分なる行政行為が存在することになるものであつて、前記のとおり、行政行為の存在自体が、執行行為の有無には何等の関係もない以上、それの取消し、又は無効確認の対象となることは、当然の事理というべきである。

(三)  次に、第二次納税義務者が滞納国税の賦課告知、又はそれに基づく滞納処分について訴えを提起したときは、国税徴収法九〇条三項の規定によつて、その訴訟の係属中は、当該国税につき差押物件の換価をすることができないのであるが、それは、右規定によつて前記公売処分なる行政行為が取消されるのではなくして、その行政行為に基づく執行行為たる公売の実施が、右訴訟の終了に至るまで延期されるにすぎないものであると解される。従つて、右規定によつて換価行為が延期されても、右公売の基本たるところの公売処分なる行政行為は、依然として、存続していることになるから、右処分が取消し又は無効確認の対象となることは、多言を要しないところであろう。ところで、被告東京国税局長は、昭和四二年二月一七日付の公売通告書を以て、原告に対し、差押物件たる本件建物を公売する旨の通告を為したものであるから、右被告が差押物件たる本件建物を公売に付する旨の意思決定を為し、かつ、これに基づいて、その旨を原告に告知し、以て、その意思決定を外部に表示したのであるから、右被告が差押物件たる本件建物に対し、公売処分なる行政行為をなしたことは明白であり、しかも、本訴の提起によつては、その取消しはなされず、単に、その執行行為たる公売の実施が延期されただけで、右行政行為が依然として存続しているものである以上、右公売処分なる行政行為が取消しの目的となり得ることは、勿論のことである。

(差押処分及び参加差押処分について)

一、処分の無効確認、並びに処分の無効を理由とする原状回復の訴えについては、出訴期間に関する制限規定は存しないと解されるので、本件差押処分及び参加差押処分の無効確認並びにそれらの無効を理由とする原状回復の訴えである差押登記及び参加差押登記の抹消の各訴えは、法の規定に違反する訴えではない。

なお、国税徴収法一七一条の規定は、右各訴えには適用のないものである。

二、本件建物に対する差押処分及び参加差押処分は、前記の理由によつて、いずれも無効というべきところ、原告は、それらの処分に続く公売処分によつて、右建物の所有権を失うに至るものであるから、右各処分の無効確認を求める法律上の利益を有するものである。

而して、原告は、右差押処分及び参加差押処分に対する原状回復の請求として、被告国に対し、その各処分に基づく本件建物に対する差押の登記及び参加差押の登記の抹消手続の請求をなしているのであるが、右原状回復の請求のみを以てしては、右各処分に続く公売処分を阻止することができず、しかも、右各処分の無効を前提とする現在の法律関係の訴えに転換せしめる方法がないので、やむなく、右各処分の無効確認を請求する次第である。

三、なお、被告らは、本件差押及び参加差押の各無効確認の訴えにおいて、原告が差押及び参加差押自体の手続上の瑕疵をもつて無効を主張しない以上確認の利益はないと主張する。

しかしながら、被告国税局長が、前記のとおり、明白な事実誤認に基づいて原告に対し第二次納税義務に基づく納付の告知処分をなし、さらに、右無効な処分に基づいて本件建物を差押えたのであるから、右一連の手続をなす処分についてはその基礎となる処分の瑕疵が明白である以上、差押処分自体の手続上の瑕疵の主張は必要なきものというべきである。

第五証拠〈省略〉

理由

一、被告東京国税局長が、昭和四一年三月五日、原告に対し、納税者訴外茂原銀映の滞納金額のうち限度額二三六万三、〇〇〇円について、第二次納税義務の納付告知をなしたこと(ただし、成立につき争いのない甲第五号証によると、昭和四一年一二月二四日異議申立決定により内一三万四、六六〇円を取消されたことが認められる)、而して、その納付告知の根拠とするところは、納税者訴外茂原銀映の滞納国税につき滞納処分を執行してもなお徴収すべき額に不足を生ずると認められるところ、右不足は原告が、訴外茂原銀映の負う滞納国税の法定納期限(成立につき争いのない甲第一号証によると、右期限は、法人税につき、昭和三七年二月二八日、同三八年二月二八日、同三九年二月二九日であり、入場税につき、三八年八月三日、同月三一日であることが、それぞれ認められる)の一年前の日以後である昭和四〇年二月一八日訴外茂原銀映から売買により譲り受けた本件建物の当時の価格が三八六万三、〇〇〇円であるのに、原告はそれより著しく低額の一五〇万円で譲り受けたことに基因するもので国税徴収法三九条に該当するというにあることは、当事者間に争いがない。

そして、原告が本訴請求のすべてに通じて主張するところは、要するに、原告と茂原銀映との間の右売買契約における本件建物の対価は金三五〇万円であつて、著しく低い額の対価ではなく、原告が国税徴収法三九条の第二次納税義務を負ういわれのないこと、右譲渡対価を一五〇万円と認定のうえなした東京国税局長の納付告知は、その点において違法であり、かつ無効であると、いうことに帰する。

二、よつて、先ず、被告東京国税局長のなした右第二次納税義務の納付告知の処分に原告の主張するような瑕疵があるかどうかについて判断する。

本件建物は、もと訴外茂原銀映がこれを所有していたこと、原告と訴外茂原銀映との間に昭和四〇年二月一八日本件建物につき売買契約が成立したこと、訴外茂原銀映の訴外東京相互銀行に対する貸金債務の担保として、本件建物につき、極度額金二〇〇万の根抵当権が設定されていたことは当事者間に争いがなく、さらに、成立につき争のない甲第二、第五、第七号証、乙第一ないし第五号証、証人沼田十寸穂、同若林進、同山田徳義(第一、二回)の各証言、原告本人尋問の結果を総合すると次のように認められる。

(一)  原告は、東京都で長く教員生活をしていたが、昭和三八年三月退職し、茂原市鷲巣に居住し、同年四月頃から隣り部落に居住する訴外山田徳義と知り合うようになつた。右山田は、訴外茂原銀映の代表取締役として、茂原市で映画劇場などを経営していたが、原告と相知るようになつてから、同人から屡々金員を借りるようになり、最も多いときは三〇〇万円に及んだこともあつたが、昭和四〇年二月一八日本件建物の売買当時には合計一七〇万円の貸金債務があつた。

(二)  訴外茂原銀映は、昭和三一年に設立された映画館を経営する株式会社であるが、昭和三八年頃から経営不振におちいり、昭和三九年暮になると訴外東京相互銀行に対し四五〇万円もの貸金債務を負担するに至り、もはや経営を建て直す術もなくなつたと判断した同社の実権をにぎる訴外山田徳義は、同社の唯一の財産ともいうべき本件建物を売却して同社の事業を清算するため本件建物の買主を探し求めるようになつた。そして、同年一一月頃、右山田は、原告に対し、本件建物を買取つてくれるか、さもなければ、金を貸して欲しいと強く要望したところ、この頃まだ本件建物を買取る決心のついていなかつた原告は、とりあえず、山田に金七〇万円を貸付けた。

(三)  本件建物の登記簿上の所有権者は山田徳義であるが、実質上の所有者は訴外茂原銀映であり、登記簿には昭和三二年東京相互銀行のため債務者を株式会社茂原銀映債権元本極度額二〇〇万円とする七番根抵当権設定登記、昭和三四年に同銀行のため代物弁済予約による所有権移転登記請求権保存仮登記が、それぞれなされていた。

(四)  昭和四〇年になつても本件建物の売買の話し合いは続いており、原告と山田との間で建物の売買対価につき折合いがつかなかつたが、原告は、同年二月一〇日になつて、すでに貸付けていた山田に対する貸金に担保をつけるよう山田に要望したところ、同日付で一〇〇万円を債権元本極度額として、右茂原銀映を債務者として本件建物に一〇番根抵当権の設定登記がなされた。そして、その後も原告と訴外山田の間に本件建物の売買につき話し合いが続けられたが、同年二月一八日原告と訴外茂原銀映の代表者山田徳義との間に、

(1)  本件建物を借地権つきで価額三五〇万円で売り渡す(当時本件建物の敷地は、山田徳義の所有となつていたが、右東京相互銀行のために根抵当権が設定されていた)。

(2)  売買代金の内金七〇万円は、前年一一月原告が山田に貸付けた七〇万円を充当し、内金八〇万円は現金にて支払い、内金二〇〇万円は本件建物に対して所外東京相互銀行のために設定された前記七番根抵当権の極度額二〇〇万円を原告においてこれを引受けて支払う金員を以て充てる。

(3)  本件建物は、山田徳義が映画劇場を廃止するまで賃料を月三万円と定めて原告から山田に賃貸する。

との条項を定めた売買契約が成立し、即日原告に対する所有権移転登記がなされた。

(五)  原告は、右売買契約成立当時、本件建物が山田徳義の所有名義となつていることから、山田個人から買受けるものと思い、株式会社茂原銀映は無関係であると信じていた。また東京国税局長に対する異議申立にあたつても山田徳義個人から買つたものであると主張しつづけていた。しかし山田徳義は訴外茂原銀映の代表者として右売買契約を締結したものであり、本件建物の売買前の所有権の帰属について見解を異にしていたけれども、同人も原告が現に本件建物の所有者であることについてなんら疑をいだいていない。

右のように認められるのであつて、以上の事実によれば、本件建物は、昭和四〇年二月一八日訴外茂原銀映から原告に敷地の賃借権つきで対価を金三五〇万円と定めて有効に売り渡されたものと認めることができる。

もつとも、乙第一ないし第四号証、及び証人沼田十寸穂、同若林進の証言によると、本件建物の売買契約締結にあたり、訴外山田が、原告に対し、本件建物につき前記七番根抵当権(債権極度額金二〇〇万円)によつて担保されている訴外茂原銀映の東京相互銀行に対する貸金債務は、山田が責任をもつてこれを支払い、原告には迷惑をかけない旨約したことは窺えなくもないが、このような特約があることによつて、本件建物の対価が借地権つきで一五〇万円であつたとすることは、後記のとおりその実質評価をあやまり、合理性を欠くものであつて、右認定をくつがえすに足りない。

ところで、前掲証拠および本件口頭弁論の全趣旨を総合すると、本件建物の売買契約締結時の価格は、敷地の賃借権つきで三五〇万円を下らないものと認められるところ、原告と訴外茂原銀映との間で本件建物の売買対価を三五〇万円と約したことを以て著しい低額の対価による譲渡と解することのできないのは当然であつて、これに対し、被告東京国税局長が本件建物の売買対価を一五〇万円と認めて、これを著しく低額の対価による譲渡であると判断したうえ、原告に対しなした同被告の第二次納税義務の納付通知処分には違法の瑕疵があるものというべきである。

三、そこで、次に右処分の違法な瑕疵が重大かつ明白であるかどうかについて検討する。

(一)  先ず、前段説示のごとく、被告国税局長は、本件第二次納税義務の納付通知処分にあたり、本件建物の譲渡対価を金一五〇万円と認定し、これを右建物の譲渡当時の価格金三五〇万円に対比し、著しい低額の譲渡であると評価したのであるから、このような認定又は評価がなかつたとすれば、本件納付通知処分はなされなかつたであろうという関係を認めることができ、従つて、同被告の右認定ないし評価上のあやまりは、重大な瑕疵に当るものといわなければならない。

(二)  そこで右事実の誤認ないし評価が、明白な瑕疵に当るかどうかについて考える。

訴外山田徳義を代表取締役とする訴外茂原銀映と原告との間の本件建物についての売買対価、本件建物の右売買契約締結時の価格、訴外茂原銀映の訴外東京相互銀行に対する金銭消費貸借上の債務額などの事実は、関係当事者以外の第三者にはたやすく認識できない性質のものであり、ことに本件における前記のような事実は、徴税官庁の調査をまつて初めて明らかにしうることが多く、その意味において、これらの事実は外形上客観的に明白な事実ということはできない。

しかし、本件建物については、債務者を茂原銀映、債権極度額を二〇〇万円、債権者を東京相互銀行とする根抵当権が設定され、代物弁済予約により所有権移転登記請求権の保全登記がなされていたことは登記簿上明らかであり、また、根抵当権は債権極度額について弁済がなされても、被担保債権金額が完済されない限り消滅しないものであることも明らかである。従つて、かかる根抵当権付建物の売買においては、特段の事情がない限り、取引当事者は、一般に、債権極度額に相当する被担保債権の存在することを予想し、かつ、これを調査のうえ、債権極度額について抵当権の実行をうけても、なお、残余の価値があるものと評価して取引の対象とするのが通例であり、かつ、その譲渡対価が定められるのが通常であると解して妨げない。換言すれば、特段の事情が存在しないのに、根抵当権付で代物弁済の予約の対象となつている建物の売買の対価を評価するに当り、債権極度額に相当する額を全く考慮にいれないで、建物の評価額から右極度額に相当する額を控除した価額のみを当該建物の対価であると認定することは、著しく経験則に反する評価方法による認定であつて、かかる認定の瑕疵は、個人の判断によつてもほぼ同一の結論に到達しうる程に明白なものであるというべきである。

そこで、特段の事情が存在するかどうかについて、被告東京国税局長の認定を検討してみると、同被告は、「訴外山田は、原告と本件建物の売買契約をなすに際し、右建物に設定された根抵当権の債権極度額二〇〇万円は、原告に絶対迷惑をかけないとの特約をなした」ことを認めたのであるが、他方において、同被告は、右認定の際、売買契約締結当時、すでに、訴外茂原銀映の経営は極めて振わず、加えるに、訴外東京相互銀行に対し四五〇万円に及ぶ貸金債務の存在すること、そのために、訴外茂原銀映が、租税(法人税、入場税等の合計金一六四万四、八七〇円、これに対する延滞税を加えれば約二三〇万円となる)の滞納に陥つていたことを同時に認識しながら(このことは甲第一号証、乙第三号証、証人沼田十寸穂の証言によつて認められる。)、敢てこれらの事情を無視して、前記特段の事情が存在するとして、本件建物の譲渡対価が、当時の時価(三八〇万円ないし三五〇万円)から根抵当権の債権極度額二〇〇万円を控除したものに該当するものと認定し、それが一五〇万円であるとして、著しく低額な譲渡対価であると評価したものというのほかない。

しかし、訴外山田が、原告に対して、根抵当権の債権元本極度額二〇〇万円については右山田がこれを負担し、原告には絶対迷惑をかけないと特約をしたところで、前記認定の事情からみて、求償の裏付はなく右特約が実際上は空手形に等しいものであるのみならず、原告が右二〇〇万円を代つて支払つたからといつて、根抵当権設定登記が抹消されるわけのものでもないから、このような特約内容の法律的経済的評価自体は著しく不当であり、かりに右特約が存在したとしても、右特約の存在をもつて、前記の特段の事情に該当するものということはできないのであつて、前記説示するところによれば、結局、被告東京国税局長の右評価には明白な瑕疵があるものというべきである。

(三)  以上の理由により、被告東京国税局長の原告に対する本件第二次納税義務の納付告知処分には重大かつ明白な瑕疵があり、無効と解するのが相当である。

四、そこで次に本件各請求の当否につき検討することとする。

(一)  被告国に対する第二次納税義務不存在確認の訴えについて

前記説示のとおり、被告東京国税局長の原告に対する本件第二次納税義務の納付告知処分は前記理由により無効と解するから、原告の本件第二次納税義務の存在はこれを認めるに由なく、従つて、原告の被告国に対する右請求は正当として認容すべきである。

(二)  被告東京国税局長に対する差押処分及び参加差押処分の無効確認の訴えについて

被告東京国税局長が原告に対する本件第二次納税義務告知処分に基づき本件建物について昭和四一年四月二六日付を以て差押処分をなし、さらに、同年九月一六日付を以て参加差押処分をなしたことは当事者間に争いがない。

ところで、行政処分無効確認の訴えは、実体上無効であるが、外観上有効に存在する行政処分の効力を否定し、排除することを目的として、処分の取消訴訟に準じ抗告訴訟の一類型として認められたものであり、処分の無効を前提とする現在の法律関係による訴えによつては処分の取消訴訟について認められるとほぼ同様の救済目的を達することができないものに限り、訴えの利益が認められるものである。そして、処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて、当該処分に後続する処分又は公権力の行使を取消訴訟によるのと同様に排除することは殆どできないものと解し得るのであつて、その意味においては、当該処分の後続処分によつて損害を受けるおそれがある者は、それだけで無効確認の訴えの利益を有するものと解しても妨げないであろう。

これを本件について考えると、本件建物は右差押処分自体により、また後続の公売処分によつて、損害を受けるおそれがあるから、被告東京国税局長に対して、右差押処分及び参加差押処分の無効確認を求める利益があり、かつ、前記説示のとおり、本件第二次納税義務の納付告知処分は無効であるから、無効な処分を前提とする本件差押及び参加差押の各処分は、そのよつて立つ基礎を欠くものとして無効といわなければならない。よつて、原告の被告東京国税局長に対する差押処分及び参加差押処分の無効確認を求める訴えは正当として認容すべきである。

(三)  被告国に対する差押及び参加差押各登記の抹消登記手続請求について

被告東京国税局長が、本件建物につき昭和四一年五月四日、千葉法務局茂原出張所受付第二、二二九号をもつて差押登記を、同年九月二一日、同法務局同出張所受付第五、六九八号をもつて参加差押の登記をそれぞれなしたことは当事者間に争いがない。

そして、前記説示のとおり、被告東京国税局長の本件建物に対する差押及び参加差押の各処分はいずれも無効であるから、原告は、本件建物の所有者として、その所有権を完全な状態に確保するため、被告国に対し、本件建物についてなされた差押及び参加差押の各登記の抹消登記手続の履行を請求する利益を有するものというべきであつて、原告の被告国に対する右請求は正当として認容すべきである。

(四)  本件公売処分の取消しの訴えについて

公売とは、税務署長等徴収機関が、差押財産について入札または、せり売りの方法により行う換価手続である(国税徴収法九四条)。そして、徴収機関は、差押財産を公売に付するときは、公売財産の種類・性質公売の方法・日時・場所等の事項を掲げた公売公告を公売期日の一〇日前までにしなければならず(同法九五条)、さらに、徴収機関は右公売公告をしたときは、所定の事項を滞納者及び法所定の利害関係人に通知しなければならない(同法九六条一項)。そして、同一差押財産が再公売に付される場合、徴収機関は公売の条件につき変更がなくとも、再公売に際し、直前の公売におけると同じ公売公告をしなければならず、かつ、再公売が直前の公売から一〇日を経過した後に実施される場合には、再度滞納者等に公売の通知をしなければならない(同法一〇七条)のである。

以上の手続関係をみると、公売は、差押財産について特定の日時・場所において行われる具体的な換価処分そのものということができるのであつて、一たん公売期日が経過すれば、当該公売公告、公売通知による差押財産についての公売を実施すべき法律上の要件は消滅するに至るから、もはや右公売は、その実現の機会を失つたことになり、従つて、当該公売通知による換価処分の取消しを求める利益は存しないといわなければならない。

本件についてこれをみるに、被告東京国税局長が、昭和四二年二月一七日付の通知を以て、原告に対し同年二月二八日本件建物について公売を実施する旨通知したことは、当事者間に争いがないところ、右公売期日が、既に経過したことは明らかであるから、右公売通知による同年二月二八日における公売そのものは、これを実施すべき法定の要件は、もはや消滅するに至つたものというほかない。そうだとすると、右公売通知による換価処分が有効に存続するとの前提のもとに、右処分の取消しを求める原告の訴えは、その利益がないというべきであるから、不適法として却下すべきものである。

五、結論

以上の理由により、原告の被告東京国税局長に対する本件公売処分の取消しの訴えは不適法であるから、これを却下することとし、原告の被告国に対する本件第二次納税義務不存在確認請求並びに差押登記及び参加差押登記の各抹消登記手続請求、被告東京国税局長に対する本件差押処分及び参加差押処分の無効確認請求は、いずれも理由があると認めてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 緒方節郎 小木曾競 山下薫)

(物件目録 省略)

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